ストーリー

農家レストランストーリー

視察Ⅰ

秋津野で農家レストランの一つのきっかけとなったが、平成14年に秋津野塾主催の先進地視察(33名)で長野県飯田市の小高い岡にあるリンゴ畑のなかを通り、ひとつの小さな集落柿野沢地区への視察であった。
ここの、柿野沢生産組合のお母さんたちがつくた、ひさかた御膳を昼食に頂きました。
この御膳は、平成12年の11月に「地域の食の保存・開発」をテーマに、国土庁主催の「食アメニティ・コンテスト」が開催され、長野県代表として出品した「ひさかた御膳」が、みごとに「食アメニティを考える会の会長賞」を受賞した御膳で本当に柿野沢を感じさせてくれる田舎の御膳そのものでした。
何処の地域である郷土料理を地元食材を使い地元のお母さんたちがつくる料理で、外から人が呼べる素晴らしい取組であった。
郷土料理の提供は秋津野でもその仕組みさえ整えれば農家レストランの可能性が無いわけでもない事を感じさせられた。

視察Ⅱ

上秋津婦人会と農家レストランの出会いもあった。
同じく平成14年、中山間地直接支払制度の補助を頂いておこなった、大分県大山町にある木の花ガルテンへの視察であった。
ここには直売所に併設し農家レストランも運営を行っていた。
お昼は、木の花ガルデンで人気のバイキングをいただきました。
そこは、お昼1時過ぎだというのに沢山の人でとでもびっくりしました。
地元の食材を使い、農家のご婦人方が100種類を越すメニューの中から毎日70種類もの料理を作られているそうです。
それは野菜を中心とした素朴な料理なのですが、素人とは思えないほどの温かいおふくろの味、こんな豪華でボリュームのある食事は、いままでに食したことのないくらい感激しました。
木の花ガルテンのレストランは、その後の秋津野ガルテン計画にも大きな影響を与えた。
この視察に参加したメンバーの中に、私たちの農家レストラン『みかん畑』立ち上げ時に、中心となって苦労した4名のうち3名が参加していたことからしても、いかに木の花ガルテンの存在が大きかったことか容易に想像できる。
その後、秋津野ガルテン計画では2度・3度と木の花ガルテンへの視察を繰り返した。

現木造校舎活用検討委員会の発足

平成15年秋、当時の秋津野塾の構成委員、有識者、行政・JA、和歌山大学で現木造校舎活用検討委員会が発足。
平成18年4月の上秋津小学校の新築移転後の跡地利用の検討委員会である。
委員会での激しい議論や地域内でさまざまな意見が飛び交う中、約1年間かけて跡地利用の方向性をまとめ上げ、田辺市に提出。
木造校舎を利用したグリーンツーリズム施設の開設と運営で都市住民との交流をすすめ地域活性化を目指していく方向性が示された。
その中に、都市住民が気軽に農村に来れる仕組みの一環として宿泊施設と農家レストランの必要性も示されている。

農家レストランを試そう

平成19年、いよいよ秋津野ガルテン計画が本格化。6月には地元住民の出資で、秋津野ガルテンの運営組織、株式会社秋津野が誕生。
秋津野ガルテンの事業として、食育・農業体験事業、市民農園事業、農家レストラン事業、宿泊、オーナー樹(オーナー園)事業、田舎暮らし支援事業、地域づくり研修受け入れ事業などが示された。
 しかし、農家レストランや宿泊者への食事提供は誰が行うのか?なかなか地元では手をあげる方や組織が無く苦慮をしていた。
そこで、当時の秋津野ガルテン建設委員会から、直売所『きてら』の女性加工グループ、からたちくらぶ、いきしな工房、ゆーみクラブ、秋津野木の実たちのグループで、上秋津農家レストランを考える会を発足(原 和男 会長)させ、一年間、国土交通省の予算で、半島地域ネットワーク形成事業(食の拠点づくり)として、農家レストランの視察や地元での農家レストラン体験事業を行った。
上秋津農村環境改善センターを農家レストランに見立て、春メニュー、夏メニュー、秋メニュー、冬メニューと四季折々の地元食材で実際に料理を造り、地元の方々を招いて、バイキング方式での農家レストランの実践を行った。
特に夏メニュー時には地元の方々150人をお客さまにしての最大規模の実践であった。この実践が大きな自信へとつながって行った。
 農業が盛んな上秋津地域ですので、農家の女性も働き手であります。
レストラン運営に対してどういった組織体であれば、農家の女性も負担とならずにレストラン運営やレストランでの“仕事”として調理作業にあたれるのかも重要な課題でした。
もちろん、この問題の解決をしなければレストランの運営どころか、秋津野ガルテンそのものの運営にも大きな影響が出てきます。
 農家レストランを考える会も、この問題に対し何度も討論を重ねて来ましたが、業者に運営から調理まで、すべて外部委託すれば“農家レストラン”という冠は外れるどころか、都市部の方や消費者を招くと行った基本的なグリーンツーリズムの考えそのものからも逸脱します。
また、観光、報道関係の方も加わった検討会では、“農家レストラン”はあくまで、地元のお母さん達が郷土料理等を提供するところに意義があり、そして物語がはじまるのです。

農家レストラン視察

”上秋津農家レストランを考える会”もこの一年、北山村のかからの店、尾鷲市のスカイフード、津市のもくもくファームが運営する風に吹かれて等への視察やヒヤリングを重ね、運営形態やメニュー、店の雰囲気、店のまわりの景観などを見てきた。
また、田辺市・白浜町近辺にあるレストランへも足を運び、自分たちのイメージとする農家レストランへの夢をふくらませた。
そして、再び、大分県、木の花ガルテンへ。
やはりここの雰囲気や料理が私たちが考えている農家レストランのイメージに近い。
そしてこれまでの農家レストランの実践研究で、この木の花ガルテンの形態だったら実現可能であるかもしれないという結論に達した。

時間はかかったが、いよいよ本番

これまで、地元の女性加工グループ(ゆ~みクラブ、いきしな工房、からたちグループ、秋津野の木の実たち)の4グループで研究を続けてきました。
 大きな決断の時がやってきました。
秋津野ガルテンの運営体の株式会社秋津野からレストラン経営をぜひ地元の女性達でという強い要望を受け、ゆーみクラブ、秋津野木の実たちの2つのグループの長・副の黒田、玉井、木村、坂本の4人が責任者となって農家レストランオープン準備へと。
 料理に味を添えるのは、旧上秋津小学校の木造校舎と緑の空間です。
レストランホールの設計席数は20席あまりですが、オープンデッキやガーデンでの食事も可能とする予定です。
また、予約で大きな団体や、急な団体などが入った場合は、レストラン棟の向いの旧校舎に設けます都市と農村の交流室の利用も検討しています。
ここは畳敷きで和風に改造し、レストランホールの予備的機能を持たせたいと計画をしています。

心配事が脳裏をよぎる

オープンを控え、より実践に向けた業務の確認と、広告宣伝活動、レストラン棟の建設や備品調達、また地元食材の確保や人員の配置や教育もすすめ、オープン1ヶ月前からは、完成したレストラン棟でのオープン準備と共に実践スタイルで試食会を行い本番に備えました。
 ただ、心配事は農家レストランのキャパシティーの小ささ。
交付金を利用るために出す計画書のなかで、地元側での集客予想数と、行政側の担当者との集客数の読みに大きな開きが、結局集客数が少ない予想で、レストランホールの規模決定へとつながってしまった。
 心配はつきない。
本当にお客さまがここ秋津野まで足を運んでくれるのだろうか?オープン2か月前、降って沸いたようなあのリーマンショック。
景気後退が日本経済を揺るがしはじめた。
本当にお客さんはお金を出してまで、ここまで食べに来てくれるのだろうか?レストランにかかわっている全て方に不安が。
レストランの名前もスローフードバイキング『みかん畑』と決定し、いよいよ本番。
 必ず来てくれるで!ここまでみんなで(地域をあげて)計画を立て実践を重ねてきたのだから...
 「いらっしゃいませ」オープン30分前から長蛇の列! なんと計画の4倍のお客さが! 
行政職員の集客予想に反し、多くのお客様が...嬉しい悲鳴!。その悲鳴が、その後の大きな課題となってしまった。

私たちの農家レストランの意義

今日、日本の家庭の食卓を事情は、レトルト食品や冷凍食品が家庭での食事の主な部分をしめ、海外で生産され農産物が同じように味付けされ、それが日本全国の食卓に並ぶ今日、地元の食材をつかい郷土でしか味わえない料理の提供は、生産者と消費者、また都市と田舎を有機的な出合いから交流へすすむ可能性を含んでいます。
そういった交流がすすんでいけば、地域で採れる農産物を直接消費者に届けることにも発展していきます。
 私たちの農家レストランは、一流のシェフのお店ではなく、地元のお母さん達が、地元食材を使ってつくる手料理。
どんなに面倒でも、レトルトや冷凍食品をチーンして出すようなレストランだけには負けないようにしたい。
本物の家庭料理を味わってくれるレストランを目指していきたい。そして本物を求めてきてくれるお客さまには満足頂けるレストランとしたい。
 私たちは、農家レストランから始まる出合いを地域の活性化に繋げていきたいと考えています。